こんにちは。今回は、僕(翔)が 音読恐怖症 になった体験について話していきます。
幼稚園の頃はそんなに意識することはありませんでしたが、物心ついた小学生の頃からずっと、特に国語の授業は僕にとって苦痛でしかありませんでした。
このような経験はありませんか?
みんなの前で教科書を読むことがあると、僕の体は制御不能に陥り震え始めます・・。ブルブルブルブルッ・・。
今思い返してもとても辛い恐怖体験です。なりたくてこうなったわけじゃないのに・・。
なんでこんなに震えるの?音読恐怖症になった話
僕は子どもの頃から人前で話すのがとても苦手でした。でも、しかし、自分が音読恐怖症になるとは思いもしませんでした。
最初は単なる緊張だと思っていたのですが、徐々にその緊張は僕の日常生活にも悪い影響を与え始めます。
授業中、先生が僕の名前を呼ぶと、僕の心臓はバクバクし、全身震え、声が出なくなります・・。
緊張する僕を見て失笑するクラスメイト
特に朗読が多い国語の授業が始まると、不安しかありませでした。
「じゃあ翔くん、次の段落まで読んでください」
そう言われると、声や手足は制御不能なほどブルブルと震えだします。本を読むことに集中しようと頭では分かってても思うように読めなくなります。文字を追いますが緊張のあまり何も見えなくなっていきます。
最初は「えっ?何が起きているの?」と自分が置かれている状況すら理解に苦しみました。
この時の僕は、クラスメイトの視線を強く意識し、自分が置かれている状況に絶望感すら感じていました。
クラスの中には僕を見て心配そうな顔をする子もいれば、クスクスと笑っている子もいます。とても恥ずかしい気持ちになりました。
そんな周囲の反応が益々緊張に拍車をかけることに・・。
お願いだから当てないで!授業で当てられるのが死ぬほど怖い
音読って突然当てられることもありますが、順番に当てていく先生もいますよね?
いきなり当てられるのはまだましです。もちろん緊張して喋れなくはなりますが、言ってみればその時だけです。
でも順番に当てられる順番待ちのときは、待っている間ずっと緊張状態で、授業の内容が全く耳に入ってきません・・。
ひたすら頭の中で読む練習をしたり、上手くいくイメージをしてみたり。そして自分の順番になると更に緊張が高まり、息が苦しくなり、普段の僕はそこにはいません。
何気ない学校の授業の音読が、僕を苦しめていました。僕にとっては、たかが音読ではなかったのです。
友達とは話せても音読だけは絶対無理!
不思議なことに、普段の生活では友達とリラックスして話すことはできていました。
小学生らしく活発で、お昼の休憩時間には校庭や体育館に行って鬼ごっこしたり、ドッジボールを楽しんだりと学校生活は好きでした。
しかし、みんなの前で朗読となると、完全に別人に変貌し、何もできない自分がいました。
周りを見渡し冷静になって他のみんなを見ると、結構スムーズに読んでいて、羨ましくも感じられました。
確かに緊張してモジモジしている子や「あぁ~緊張するぅ~」などと言っている子もいましたが、それでも極度の緊張で震えている子は僕以外いません。
「普通に朗読ができるようになりたい」
という願望がある一方で、この願望が叶わない現実に直面するたびに、僕は大きな挫折と孤独を感じていきます・・。
クラスのみんなが普通にできることが、僕にはすごく難しく感じられて、自分の無能さに一人悩んでいました。
人前で話す恐怖が集中力を低下させ成績にも影響した情けない話
僕の中で音読に対する恐怖が学年が上がるにつれ徐々に増し、学校生活においても大きな障害となっていきました。
音読の時間が近づくだけで、僕の心は不安でいっぱいになり、日に日に授業についていけなくなっていきます。
学校の成績も徐々に悪くなり、おそらくクラスで一番できない子でした。
テストで0点を取りました・・
授業さえ聞いて理解していればテストで悪い点数を取ることはないのが小学校です。授業を聞いていればの話です・・。
先ほどもお伝えしたように、人前で話すことに苦手意識を持つようになった僕は、授業中に先生の話や他の生徒の話が全く耳に入ってこなくなっていました。
少しでも学校の遅れを取り戻そうと勉強すればいいのですが、そこは小学生です。家でやるはずもなく成績は下がる一方です。
そうなってくると、理解度チェックの簡単なテストさえも悪く、徐々に親にもテストの結果を隠すようになっていきます。
あなたはテストで0点を取ったことがありますか?
おそらくないのではないでしょうか。僕は小学生の頃に、この0点を取っていました。先生には補講もして頂きました。小学生で授業についていけないのは本当に致命的ですね・・。
たかが音読という単純なことができないばっかりに、集中力を欠き、学業にも影響していたのです。
この頃の僕は、人前での発言全てに恐怖を感じるようになっていました。
僕を苦しめるクラスの発表会
音読に限らず、みんなの前で発表することも苦手でした。
もっと言うなら、グループで話をするだけでも声や体が震えていました。
小学生ならグループになってみんなで話し合う機会がありますよね?そこで発言するときにもドキドキが止まらなくなっていました。
さらに、話し合ったことをクラスのみんなの前で代表して一人が発表しなくてはいけないことってありますよね?
話し合いの内容なんて上の空で耳に入ってこず、発表する一人にならないことをひたすら祈り続けます。
発表者が決まらないときはジャンケンが始まります。こういうときに高確率で負けていたのが僕です( ノД`)
グループの代表として発表するまでずっと緊張していて、自分の番になると案の定上手くしゃべれず先生からフォローが入るくらいです。
せっかく代表になって良いことを発表するのに下手な発表をしてしまい・・他の人にも悪いことをしたなぁと思うと心が壊れそうになっていきます。
正直周りの人は僕のことをそこまで気にしていないと思います。でもそうやって割り切れるはずもなく、自分を責めるようになっていきました。
クラスの中で孤立していく気がする
クラスの中で、自分だけがこんなに無様で何もできないと考えると、自分は孤立していると思うようになっていました。
周りのみんなは上手く自分を表現しているのに、自分だけができない・・。
僕がみんなの前で話すことが苦手なことは周りも薄々感づいていました。でもそう思われることも僕にとっては苦痛でした。
それでも完全に殻に閉じこもらなかったのは、仲の良い友達がいたからです。決して友達が多い方ではありませんでしたが、友達は僕にとってかけがえのない心の拠りどころでした。
仲の良い友達と遊んでいるときは唯一、音読の恐怖を忘れることができました。
今振り返っても、"友達の存在は大きかった" と思います。その大切な存在がなければ、おそらく不登校になっていたことでしょう。
試行錯誤の末に気づいた音読恐怖症克服の難しさ
音読が怖いと感じ始めてから、小学生なりにない頭をフルに使って色んな方法を試していました。
結論としては・・音読恐怖症は治らなかったです。
本当に自分の置かれている状況にどうしたらいいのか思い悩み、もがき苦しみました。
一人で悩んでいても解決しないんですよね・・悩みを他人に打ち明けることで道は開けてくるものですから・・。
努力して音読を練習したが全くもって意味なし成果なし
まずは教科書をスラスラ読めるように漢字にフリガナをふって家で何回も練習したり、発表することが事前に分かっていたら該当箇所の練習をしたり。
しかし無残にも努力したことは意味をなしませんでした・・。なんのために練習したのか分かりませんね・・。
そんな状況でも唯一効果を感じれた方法が、"友人と練習する" ことでした。
1対1で声に出して読む練習をすることで、本番の緊張を少し再現することができます。
僕は本を読むことがとても苦手だったので、2人で練習するときも緊張感がありました。どれだけ緊張しいなのか分かりますね・・。
ただ本番というのは、いとも簡単に練習の成果を打ち砕いてくれます・・。
実際にクラスの前で声を出していくと、最初は良くても徐々に失速し、緊張状態がピークに達していきます。それによってますます自信を失っていくのでした。
親にも言えず、病院にも頼れなかった悩み
過緊張は僕の中ではとても大きな問題だったにも関わらず、もっとも身近な友達や親に話すことができず、一人でこの状況に立ち向かわなければいけませんでした。
音読の問題は、その時が過ぎれば一旦は解消されますが、学校生活を送っている限り何度も何度も訪れます。
一見すると "音読" は学校生活の一部であり、傍から見ればたいして大きな問題ではありません。しかし、一部の緊張する性格の人にとっては一大事です。
また、親に話すことで、自分の置かれている現実を直視することになり、意識すればするほど緊張感が増していくのです。
できることなら大きな問題にしたくない。これが小学生のホンネです。
言語化することも難しく、親に説明しても理解してもらいづらく、「誰でも緊張するから頑張って」などで片づけられることも多いです。
担任の先生も同じで、相談したところで、「何度も発表していれば慣れるよ」と言われるだけで、根本的な解決には至りません。
そうなってくると、誰にも相談できず、一人で悩むしかないのです。
本当は病気なのではないかと思い、病院に行きたい気持ちはありました。でもそのためには親に相談するのは必須です・・。
結局のところ病院に行くハードルはとても高いと言えます。
今では、心の問題や悩み事を気軽に相談できるフリーダイアルも国や自治体レベルで用意されています。
厚生労働省 #いのちのSOS
0120-061-338(フリーダイヤル・無料)
もしあなたが悩んでいたら、一人で抱え込まずぜひ相談して欲しいと思います。話すだけでもだいぶ楽になりますよ。
当時はそんな情報を得られる媒体もなく、せいぜい保健室に飛び込むくらいでしたから・・。
あがり症と知らずに孤独に過ごした小学生時代
人前で話して緊張することは誰にでもあることです。少しくらい緊張感を持って発表することは、とても良い経験にもなります。
ただ、極度の緊張が繰り返し起こることは尋常なことではなく、その苦痛は耐えがたいものです・・。
一般的に極度の緊張のことを "あがり症" や "社交不安障害"と呼びます。れっきとした病気なのです。
今思い返せば理解できますが、小学生の頃の僕は、自分があがり症であることを知らず、ただの単なる緊張だと思っていました。
しかし、時間が経つにつれて、その不安は大きくなり音読することが恐怖となっていきます。最初は恥ずかしいと感じる程度でしたが、次第に学校生活において深刻な問題へと変わっていきました。
どうしてこんなに恐れているのか、その理由が分からないまま、僕はその恐怖と闘い続けました。
それはただの恥ずかしさ以上のものであり、心には不安と深い傷が刻まれ、やり場のない絶望感に陥っていたのです。
あがり症についてはこちらを参考にしてくださいね ⇩
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あがり症、それは単なる緊張ではなく、日常生活に大きな支障をきたす深刻な問題です。 傍から見れば「誰でも緊張するから大した問題じゃない!」と思われがちですが、人によっては「生きるか死ぬか・・」それくらい ...
まとめ
小学生の頃に認識し始めた音読の恐怖は、今も僕の心に深い傷として残っています。一生消えることはないでしょう。
その問題に対する解決策が見つからず、小学生時代を終えたことを考えると、当時の僕は周りの環境に恵まれていたとも言えます。
特にあがり症によって、いじめを受けることもありませんでした。不登校になることもありませんでした。
ただ、とてもどう対処すればいいのか分からず、もがき苦しんだことには変わりありません。
自分が何を感じ、何に苦しんでいたのか?それを理解することができないまま、ただひたすらその状況に耐えていたのです。
その時の僕に「よく頑張ったね(泣)」と言ってあげたいですね。